アイ・スタイリングの原点 

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アイ・スタイリングの原点
原点は少年時代の車への強い憧れ。

この度は当社ホームページをご覧下さいまして誠にありがとうございます。
ロードスター専門店としてやって参りまして今年で20年目となりました。これもひとえに皆様方のおかげだと思います。本当にありがとうございます。

私は少年時から車が好きでしたが、早くに父親を亡くしている為、昼間は整備工場、夜は定時制高校に通う勤労少年からスタートでした。
自動車の免許も取れないうちはカッパを着せられ、ひたすら車の下廻りを洗う日々でした。また当時は工具やケミカル品も少なく
部品を洗浄する度に手は真っ黒になり、寒い冬にはあかぎれで手は無残な状態になっていました。とにかく「車を触るのに手袋なんてしてるな.
感覚を覚えろ」って厳しく言われてたのを覚えています。そうは言ってもなかなか車をいじらせてくれないもどかしさで何度と違う道に進む事を考えたものでした。
ただ単に車が好きで仕事を選んでいいのか?何か他にする事は無いのか?少年なりに色々と考えた時期もありました。

そんな私も車をいじらせてもらうようになり、資格を取りながら整備士へと進んでいくと「車」と言うものが、ただ単に「好き」という漠然としたものから「眺めて、磨いて、いじって、乗って」
そんな「魅力」に引き込まれていき、当たり前のことが無くてはならない物になっていきました。

おりしも当時はご存知の方もいらっしゃると思いますが「ソレ・タコ・デュアル」や「L28改3.2ℓ」とかチューニングの全盛期と言う事もあり、指はいつもオイルで真っ黒でした。そんな時代を通り過ぎた私もまじめに「ホンダ」のディーラーへと飛び込みました。なんとセールスマンになったのです。と言うのも、車貧乏でお金が無い当時「セールスマンは車が売れたら売れただけ給料がいいぞ」なんて言葉を信じて
とにかく売りました。新人賞も取り、ハワイへ連れて行ってもらったこともあります。そんなこんなで7年もセールスマンをしたんですが、
やはり車いじりが好きな私は友人・知人の車をいじる事をしていました。

ロードスターとの運命的な出会い、そして専門店開業へ。

そんな時に友人が乗ってきた「ユーノスロードスター」と言う運命的な車と出会ったんです。それまではオープンカーというものがどこかミーハー(死語?)に感じバンダナを巻いた連中が乗る車ぐらいにしか思っていなかったのですが、彼のロードスターのサスペンションをいじって、「じゃぁ、試運転行ってみよ!」って運転したら、これが公道を走れるゴーカートのように感じ、いじって楽しい、乗って楽しい、眺めて楽しい「なんておもしろい車なんだ」と魅了させられました。それまでは、「車はパワー!」なんて1馬力上げるのに幾ら使ってきたか解りません。それが軽い車ってこんなに楽しいんだ!ってロードスターは気付かせてくれました。そこで以前から自分の店というものをもちたかった思いからいっそのこと「ロードスター専門店」なんぞやってみようかなぁってことになりましたが、周りのみんなには「そんなの聞いた事無い」とか「やめたほうがいいんじゃない」なんて誰一人として賛同する人がいませんでした。(子供もおり、身内すら大反対でした。)

当時はインターネットもまだまだ普及していなくて情報も乏しい中、思い付きで始めてみちゃいました。とは言ってもやはり不安、
まずは家賃4万円の空き家を改造し土間に車を入れれるようにしました。外観と内装をペンキで塗り、店内はホームセンターでクッションフロアを買ってきてひいて、しかもシャッターがな いので木で扉を作ったりと、なんともお粗末ですが手作りのお店ができました。クラッチ作業はキコキコと車載ジャッキで車を上げてウマをかい、下にもぐってお腹の上にミッションを載せながらクラッチを交換したり、マフラー交換では足も使いながら交換するなど今となっては恥ずかしい姿で作業を行っていたものです。
ただ時間は自分で決めれる、今まで勤めていた時と違い自分の納得の行くとこまでとことんと出来る事にはうれしかったです。
どうしても勤めていると時間、金額と、その車に対しての制限がありましたからやりたいことまでできませんでしたからね。
物珍しさで来て頂いた方も何かしら作業をさせて頂きそんなこんなで「ロードスター専門店」なんぞを始めさせて頂きました。

失敗を繰り返し、実力を蓄える。

ただそうは言ってもマツダの車。今まであまり触った事の無いメーカーの車ですので失敗なんかもありましたね。ディーラーさんに聞くのも癪(しゃく)だったので独学でやってきた事もあります。今となっては失敗も身になってますね。そんなこんなで常連さんなんかも来て頂きどうにかこうにか「やっていけるかな」なんて思い始めて2年も経ったころ、ある物件が出ました。高速の浜松インターに近く工場にガラス張りの事務所が付いた建物です。もともと空き家を改造した店は雨漏れがひどくて、雨の夜中には一人寂しくバケツに落ちる水を眺めてた事もあり(雨漏れは痛んだ幌からだけで充分ですね(笑))早く引越しを考えていたもので、すぐに不動産屋さんに連絡をしましたが家賃を聞いてビックリ!「50万です。」ひぇ~!!あきらめて帰りました。

それから1ヶ月も過ぎようかという日にそこの物件の大家さんという方が来店され、「まじめにやってるね。35万位ならやってみる?」とおっしゃってきたのです。「え~いいんですか~?」急にテンション上がったはいいんですが今までの家賃が4万円。単純に10倍!?1週間悩んだんですが「貸してください!」若さも手伝ってか言ってしまいました。当時は、がむしゃらに働きましたね。
一人でやってる時は納車・引取時に店を空けるわけにはいかないので車を載せる中古のトラックを買って、閉店後に走りました。夜、眠くなっちゃいけないって事で、子供を抱っこした妻も乗せて走りました。

そしていよいよ新店舗になり、まずはリフトを入れました。これが嬉しくて嬉しくて用も無いのに車を上げたり下げたり、お客さんが来れば「下廻り見てみる?」なんてお車を上げちゃったりしたものでした。それからはお陰様で高速を使って来て下さるお客様も増え、また全国から買い取り・納車の依頼を承り、スタッフも増え、なんとか家賃も払ってやっていけれるようになりました。そうこうしているうちに13年も経ち、さらに7年前には工場の後ろにも展示場を広げたんですが、ここで転機が訪れました。またまた店舗移転の話しです。と言いますのは、インター近くの通り沿いなんですが交通量が多くて出入りがしにくい、建物の老朽化、そして一番は家賃(展示場も借りた為当初よりもかなり高額になっていました)。

心機一転、新たな土地で未来へ前進。

こんな問題が有りまして移転を考えていた矢先にいい物件の紹介をもらいました。「インターからは遠くなるけど新しくバイパスの通ったとこだよ」って聞き見に行くとそれはそれは良く言えば緑豊かな静かな所。と言うか単純にたんぼと畑の広がる所。今まではとは打って変わってのどかな場所でした。ただ支払いが今までより10万円安。かなり楽になります。お客さんここまで来てくれるかなぁとか色々悩みましたが、2008年またまたいきなり移転しちゃいました。
引越しはお金を掛けずに出来る事は自分達で行ったため、普段の仕事時よりもクタクタになりました。
スタッフのみんな本当にありがとうね。
そして「やってみなくちゃ分かんない。くよくよ考えてるな!」 が
口癖のがんこな母親(新店舗オープンに間に合わず他界してしまいましたが・・・)
にも、今となっては感謝しなくちゃいけないなって思っております。

移転後も変わらぬご愛顧いただいておりますお客様本当にありがとうございます。
今後も信頼とご期待にお応えできるようスタッフ一同前進して参ります。

PS:前出の娘も今では嫁に行き、時々「トラックでいろいろ行ったね」
なんて思い出話しをしてきますが、娘にとってはうれしかったのかどうなのか・・・?  どこ行くにもトラックだったもんね。

                                                                                                                                                   
                                                                                                                                              2008年8月5日